相殺と民法改正(不法行為に基づく債務)
令和2年4月1日から改正民法が施行され、債権関係の規定が変更されています。
その中で、損害賠償債務に関する相殺について、これまでと大きく変わった部分があります。
相殺とは、自分と相手方が互いに同種の債務を負担している場合において、双方の債務が弁済期にあるときに、相殺の意思表示をすることによって、お互いに同じ金額について債務を免れることができる制度のことです(民法505条1項)。
具体的に言うと、自分がAさんから時計を1万円で譲り受けたとします。その時、こちらもAさんに対して1万円を貸していて、まだお金を返してもらっていなかったので、1万円の貸金と1万円の時計の代金をお互いに相殺して、無しにしましょうというような場合です。
ただし、相殺には例外があって、改正前の民法509条は、不法行為による債務は相殺ができないと定めていました。
例えば、相手に怪我を負わせてしまった場合や、相手の物を壊してしまった場合の損害賠償債務については、相手に債権を持っているような場合でも、現実に支払う必要がありました。
相手に不法行為によって損害を与えた以上、実際にお金を支払うことによって、損害を回復させる必要があるという考え方でした。
しかし、今回の改正で、民法509条が改正され、相殺できない債務として、①「悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務」、及び、②「人の生命又は身体の侵害による損害賠償の債務」と変更されました。
①は、単なる過失ではなく、わざとやった不法行為の損害賠償債務については相殺できない、②は、相手が亡くなったり怪我をした場合の損害賠償債務については、相殺できないという内容です(②については、不法行為と限定がされていないので、債務不履行による損害賠償債務にも適用されます)。
その中で、特にこれまでと比べて違いが出るのは、過失による不法行為で相手の物を壊した場合です。これまでできなかった相殺ができることになります。
具体的には、自動車同士の交通事故で互いに物損のみというケースで、双方に過失がある場合、これまで双方の損害賠償義務は相殺できないため、判決では双方ともに賠償金を支払えという内容になっていました。しかし今後は、当事者が相殺の主張をすれば、相殺した上で、相殺しきれなかった金額のみ、一方が他方へ支払えという判決を出すことが可能になります。
なお、これまでも実務的にはそういったケースでは和解によって相殺処理することが多かったのですが、今後は仮に和解できなかったケースでも、判決で相殺処理できることになりました。